【事例紹介】輸送機器メーカA社における設計改革 ~企業文化の壁との衝突~

2021/02/15

 JMN(Japan Manufacturing Network)活動の一環として、メール会員企業様と意見交換会を行いました。 その内容をコラムとしてまとめ、各企業の設計改革活動の一助となることを期待して、事例共有をさせて頂きます。 今回のA社のケースでは、ECM/MDの取り組みについては、研究中の段階です。現在、設計改革が行われている中で、今後のECM/MD導入に向けたヒントとなれば幸いです。

■概要

  • ・対象企業:輸送用機器メーカA社
  • ・対象部門:シャーシ設計部門
  • ・目的:設計品質向上、リードタイム短縮、コストダウン
  • ・施策:システムズエンジニアリングに則った設計の形式知化(要求仕様一覧~設計手順書整備)
  • ・取り組み期間:2019年から取組を始め、1年半程度
  • ・製品特性:機能と外観意匠との両面を併せ持つ構成部品が多い製品
          設計は日本管轄・生産は世界複数拠点

■設計改革の背景・狙い

A社の設計部門では、ベテラン層の退職を控え、技術の消失が懸念されています。今の内にベテラン設計者の暗黙知の形式知化を進めなければ、図面やCADには書かれていない、“なぜ”そのように考え、設計したのかというナレッジが残らないという状況に陥っています。 その為、設計品質向上を第一目的として、システムズエンジニアリングの考え方を用いて、要求仕様からの設計手順の形式知化を進めています。これにより、新人設計者でもベテランと同程度の品質のアウトプットを出せるようにすることを目指しています。 将来的にはECM/MDへの取組も行いたいが、関係部署横断で取り組むべきECM/MDを推進するにも、現在の設計改革を推進するにも、いくつかの壁が存在します。 さらに、競合他社との競争環境もあり、当然リードタイム短縮やコスト低減の要請、また、この輸送用機器に関しても電動化の流れがあり、近い将来に大変革が起こることが想定されます。

図:Vモデル(MDにも含まれるシステムズエンジニアリング)|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図:Vモデル(MDにも含まれるシステムズエンジニアリング)


■設計改革における課題と対応

【課題1:文化の壁】
A社(の対象部門)では、設計者の自由度を高め尊重するという文化があります。設計者が自由に発想しものづくりできることは素晴らしい文化ですが、現在進めている改革は設計標準化であり、この文化と相反する面があります。

【対応案:研究会からの提案】
設計者の自由度=創造性は、どこで発揮するべきかを再考する必要があります。設計者全般に言えることだと思いますが、自由にしておくと設計者はオリジナリティーを発揮しようと思い、新規設計を好みます。その結果、標準部品や共通部品を用いることよりも新規部品を起こすケースが多いのではないでしょうか。また、新規部品設計を行った方が楽に設計できるケースも多いです。 創造性を発揮するということは、モデルチェンジの設計ではなく、次世代のコンセプトモデルを考えるなど、今後10年間競合を圧倒できる製品に費やすべきではないでしょうか。“そもそも創造とは”といった考えを、トップダウンの部門方針として打ち出すか、ボトムアップの小集団活動等を通して設計者の認識を統一することが必要です。 前提となる認識を合わせた上で、改革の目的の認識を合わせ、施策の実行に入ることで、各設計者の腹落ち度が増し、施策の推進・定着度が上がります。


図:文化・マインド・意思が土台|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図:文化・マインド・意思が土台

【課題2:組織間の壁】
設計、生産技術(日本)、製造現場(各国)の考え方が一致しておらず、改革推進の妨げとなる可能性があります。 改革推進側としては、設計標準化さらには部品標準化も進めたいが、製造視点では、現地サプライヤーを活用した現地調達がある為、最低コストで作れる形状という要望があります。その為、多くは現地最適化され、グローバルモデルとは言え、似て非なる部品が発生しやすい環境です。

【対応案:研究会からの提案】
設計改革というと設計部門に閉じてしまうケースが多いですが、昨今のDXの潮流や、Industry4.0等のものづくり全体の改革という目線では、バリューチェーン全体に関わる部門がクロスファンクショナルチームとして集結し推進できる体制づくりを推奨します。さらには、ものづくりの最適化を図る改革として位置付けるべきです。少なくとも、設計と製造は非常に密接な関係があるので、改革の責任者は両部門を統括できる立場の方に担って頂くことが最適です。 ECM/MDの視点でも、設計のみで完結することは難しく、エンジニアリングチェーンの関係部門が一体となり取り組める体制構築が必要となります。


図:クロスファンクショナルチーム|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図:クロスファンクショナルチーム

【課題3:部品標準化】
コスト低減のためには部品標準化を進めたいが、設計者の意思(自由度)が尊重されるため、なかなか思うように進みません。グローバルモデルにおける他地域展開モデルや、マイナーチェンジモデルであっても、設計者の意思が優先されるケースが多く、競合と比べても部品が新設されるケースが多いです。

【対応案:研究会からの提案】
部品標準化の基本的な考え方として、固変分離があります。固定部分は、重要・差別化になる部位として すべて共通化します。一方で、地域ごとや仕様に応じて変更して良い部分を変動部分とします。この固変分離を明確に定義することによって、部品新設可否の方針を決定し、また、この方針を設計手順書に落とし込むことで部品標準化が推進できます。

【今後の懸念】
設計標準化につきまとう懸念点ですが、設計標準化をした後、設計者はそのツールに従って設計することとなり、技術力の低下が危ぶまれます。

【対応案:研究会からの提案】
設計標準化に対して、このような問題は常に付きまといます。これに対する対応案としては以下が考えられます。
 1. 設計手順書類のメンテナンスを新人に任せる
 2. 設計手順書の根拠となる“なぜそう考えたのか”を設計解説書としてまとめ
   その解説書を元に技術者教育を行う


■インタビュイーの言葉

システムズエンジニアリングに基づいた設計改革は始めたばかりであり、まだ成果刈り取りというところまではいっていません。現状は取り組みやすいユニットから開始しており、今後全ユニットに展開することを目指しています。 モジュラーデザイン導入も検討していきたいですが、その手前に壁を乗り越える必要がある段階です。一方で、全社の動きとして事業部を横断したシステム統合等に向けた改革の流れもあり、できるところから進めて行きたいです。他社様でも同様の悩みや今後のヒントになる事例がありましたら、是非対話をさせて頂きたいです。

■まとめ

今回の事例は、企業文化にも影響する非常に難しい問題です。一方で、世の中の流れを考えると、本来企業として達成すべき目的に照らし合わせ、改革の方向性や活動のスタイルは柔軟に対応することで乗り越えることを期待します。また企業文化として重視すべきことを“そもそも論”として再考することも時には必要と言えそうです。 研究会としては、具体的な手法の研究もさることながら、“なぜ”改革をするのか、経営層や関係部門を巻き込む為のメリットの提示も必要ということを再認識しました。 今回ご紹介した事例に関して同様の悩みや、ヒントを提供できるなど、情報交換したいという方がいらっしゃいましたら、研究会までお問合せ頂ければと思います。


ECM/MD研究会では、今後もコラム等を通して、皆様の活動のヒントとなるような事例紹介を行います。また、JMN(製造業ネットワーク)を通じて、会員の皆様との情報交換、事例共有を行い、コラムとしてその知見を共有していきたいと思います。



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