バーチャル・エンジニアリング(VE)を支えるモジュラーデザイン
2021/04/30
近年、製造業のDX推進の鍵としてバーチャル・エンジニアリング(VE)が注目を浴びています。今回のコラムでは、VEが我が国では思うように進んでいない現状と、その背後にある原因を明らかにし、モジュラーデザインがその実践の基盤であることをお話しします。
そのためにはまず、VEの意味を明らかにし、我が国でうまく機能しない理由を考えてみます。そして、そのような理由の根底にある課題をモジュラーデザインでどのように解決するかを考えてみたいと思います。
1.VEの意味とその現状
VEとは3D技術を活用し、エンジニアリング・チェーンの成果物をデジタルで検証することを可能にする技術体系です。製品開発プロセスのバリューチェーン(企画、設計、調達、製造、販売、品質、アフターサービス等)における機能と性能を、3DモデルをベースにIoT/AI/ICTを活用して、現物を製造する前に検討や検証することを言います。(図1) 内田 孝尚氏は「『バーチャル』は『仮想現実』と日本語で表現される。しかし、英語本来の意味は『実質上の』や『事実上の』という意味で、リアルそのものなのである。」と言われています。デジタル空間上で実物以上に詳細に検証できる実質上の製品そのものを扱える技術ということだと思います。3DCADが世に出てすでに50年が経過しました。3Dモデルを活用してCAE、CAM、DMU、さらにはXVLやJTといった3Dモデルを身近に利用できる技術や、関連する情報を連携するPDM/PLMといったデータ管理システムがVEの推進を支えています。 しかし、これらの技術的な側面だけではVEはその効力を発揮できません。ここで重要になるのが、各種の標準化です。欧州を中心に進んでいるIndustry4.0ではVE適用の標準化を進めています。
2.わが国でVEが進まない理由
その理由は大きく二つが考えられます。・リバースエンジニアリングが基本となっている体質
・ICT活用の前提が理解されていない
一つは我が国製造業の成立過程にあります。我が国の製造業は長く製造現場での試行錯語が中心でした。もともとが海外の製品を導入して分解して作ってみるという、リバースエンジニアリングから始まっており、現物を見ながら修正を加えて見よう見まねで造ってきたという風土が根強く残っています。製品設計がお客様の要求から論理的に展開されず、過去の製品を基にして修正を加えて、流用設計を続けるという体質が残っています。その結果、設計手順が個々の技術者の暗黙知として凍結されているために、標準化ができていません。VEを進めるためには、企業内の暗黙知を形式知化し、ベストプラクティスを標準化してICTに組み込むことが必須です。 もう一つの理由は、ICT活用の前提が理解されていないことが要因となっています。設計手順の標準化ができていないという事は、設計で展開される設計パラメータや設計諸元の決め方が標準化されていないという事です。このことはICTを活用する上で大きな問題を生み出します。設計プロセスでやり取りされる情報が標準化されていない状態でICTを導入すると、時間をかけて大量のカスタマイズをすることになり、に莫大な費用が掛かる上に、すぐに機能を追加・変更していくことになるのです。我が国が2005年に「DXの崖」を迎えるのは、このようなことが原因です。
3.VEを進めるために必要なシステムズ・エンジニアリング
製品設計手順を要求仕様からの論理的な展開として捉えるシステムズ・エンジニアリングの方法論で設計手順を標準化し、設計情報の整流化を進めることがVEの有効活用には必須です。製品設計とは製品に求められるお客様の要件・要求を分析し、必要な機能に分解し、機能の方式や機構を検討し、それを実現する製品構造に展開する事です。我が国では部分的な設計法、例えば自動車のエンジンの設計法とか発電所のモーターの設計法といったことは教育されますが、交通システムの設計や発電システムの設計、ひいてはシステムの設計そのものの考え方を教育することがありませんでした。現在そのような教育課程は筆者の知るところでは慶応大学のシステムズデザイン・マネジメント研究科と東京大学大学院が今年から始めたシステムアーキテクチャーの講義だけではないかと思います。実践している事例ではJAXAが有名です。 図1に示すようにVEがその効果や機能を発揮するためには、対象システムの設計を上流から体系的に展開するシステムズ・エンジニアリングの考え方が必要です。部分的にICT化しても、その間をつなぐことを手作業で進めることでは、その効果を得ることが難しくなるばかりではなく、かえって無駄やミスが多くなります。 システムズ・エンジニアリングプロセスは、システムとしての製品を、求められる要求から論理的に段階を踏んで展開するエンジニアリングプロセスです。(図2)各プロセスはその目的や検討レベルが異なっており、先のプロセスへの入力情報を提供します。Industry4.0では産業別にこれらのプロセスの定義や扱う情報、展開の仕方や受け渡すデータ等の標準化が進められています。
4.モジュラーデザインの基本はシステムズ・エンジニアリング
図2の活動項目はモジュラーデザインが提唱する製品モデルの展開を示しています。図3にモジュラーデザインが提唱する製品モデルの連携と、それを定義するために必要な設計手順書の目的を示します。 設計作業をこのようにお客様の要求から、製品仕様、製品機能、方式・構造へと展開し、それをどのように実現することが製品のQCDが最適になるかを検証するデータモデルが製品モデルです。そして製品モデルが最適であることを根拠づけるのが製品定義プロセスとしての設計手順書です。モジュラーデザインは製品をモジュール化し、少数の部品や製造設備で多様な製品を生み出し、利益の出る企業体質を作ることが目的です。それを実現する上でも、製品開発プロセスを整合性のとれた情報管理体系として構築することが基本です。そのような体系が無ければICTの活用も十分な成果を生み出さず、かえって業務の重荷になってしまいます。モジュラーデザインが提唱する方法論の基本は、システムズ・エンジニアリングをベースに論理的な根拠を持ったエンジニアリング・チェーン・マネージメントです。
VEを活用してDXを効果的に進める基本はモジュラーデザインの方法論にあることがお分かりいただけたでしょうか。ECM/MD研究会では皆様のご支援を通して製造業の競争力向上をご支援したいと考えております。
- ・バーチャル・エンジニアリング 内田孝尚 日刊工業新聞社
- ・バーチャル・エンジニアリング2 内田孝尚 日刊工業新聞社
- ・バーチャル・エンジニアリング3 内田孝尚 日刊工業新聞社
- ・実践モジュラーデザイン 日野三十四 日経BP社
- ・エンジニアリング・チェーン・マネジメント IoTで設計開発革新 日野三十四 日刊工業新聞
- ・システムズ・エンジニアリングの基本的な考え方 宇宙航空研究開発機構
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