ファナックに学ぶモジュラーデザインの原点

2022/07/14

― 特注品仕様をいかに標準化するか ―

 モジュールとは、工学などにおける設計上の概念で、システムを構成する要素となるもので、いくつかの部品的機能を集め、まとまりのある機能を持った部品のことです。モジュールに従っているものをモジュラーといいます。モジュールの語源は、ギリシャ時代の建築様式で使われた規格「モドゥルス」に始まると言われています。また、15世紀に発明されたグーテンベクの活版印刷はモジュール化の代表的なもので、単独の文字を作り文字を組み合わせて印判を作って情報を印刷しました。これにより、世界中の人が情報を大量に吸収できるようになり、人類の情報知識が飛躍的に増えました。まさしく、モジュール化の原点がここにあります。
 一方、日本におけるモジュール化の原点の一つに、工作機械の制御装置やロボットで有名なファナックの事例が挙げられます。そこで、今回のコラムでは、ファナックがどのような経緯でモジュール化を実現し、成功へ導いていったかを考察し、モジュラーデザインにおけるモジュール化のポイントを探っていきたいと思います。

1.NC(Numerical Control):数値制御)工作機械の歴史

 工作機械の原点は古く、今から約250年前、イギリスでワットが蒸気機関を発明し、原動力である蒸気シリンダーを作るために、1775年にウィルキンソンが中ぐりフライス盤を考案したのが始まりと言われています。そしてのちに、1952年にマサチューセッツ工科大学で、工作機械をNC(数値制御)により自動で操作するNCフライス盤が誕生しました。
 一方、日本では1952年にこのNCフライス盤の記事が、“サイエンティフィック・アメリカン誌”にて自動制御研究会に紹介され、日本でのNCの研究が始まりました。1957年に東工大でNC旋盤の試作品、続いて富士通でNCターレット・パンチプレスの公開展示、1958年に開かれた大阪国際見本市では、牧野フライスと富士通がNCフライス盤を日本で最初に出品しました。今や工作機械はマザーマシンと言われ、産業界になくてはならない存在になっています。ここで、NCのモジュール化の経緯を、加工の原理を紐解きながらみていきましょう。

図1:世界初のNCフライス盤(MTC)|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図1:世界初のNCフライス盤(MTC)


2.加工の原理とモジュールNCの考え方

 NCを用いて工作機械で対象物を加工するには、工具の経路の形から、“位置決めNC”“直線切削NC”“連続切削(曲線加工)NC”の3種類が必要になります。実際の加工においては、NCが工作機械自体と接続され、ユーザーからの一つ一つの工具経路の要求に応えるとなると、位置決めだけでも何千通りものNCが必要になります。さらに、制御する軸数や加工精度の要求に応じたオプションなどの追加もあり、開発当時は、オーダーメードで個々の要求に応えていてはコストがかさみ、対応するのが大変でした。
 そこで、ファナックがこれらの課題を解決するために、1969年に「ファナック260」を開発しました。これは、さまざまな工作機械に要求される仕様を詳細に分析し、機能別に完結したモジュールで構成されています。図2は「ファナック260」のモジュールNCの構成です。

図2:モジュールNCの構成|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図2:モジュールNCの構成


 モジュールNCは、大きく“コントロール・ユニット”と“ドライブ・ユニット”で構成されています。“コントロール・ユニット”の基本機能は、プログラムされた加工経路の情報を読み取りパルス情報へ変換しドライブ・ユニットへ送り出すことと、主軸の回転などのオン・オフ信号等を工作機械側へ送り出すことです。一方、“ドライブ・ユニット”は、このパルスを増幅して、工作機械を直接駆動するパルスモーターを回転させます。
 コントロール・ユニットは、さらに、工具の位置決めや連続切削の基本機能を持つ“3種類”のベイシック・コントロール・ユニット、“9種類”のベイシック・オプションと“20種類”の付加オプションから構成されています。これらの組み合わせは、単純計算すると540 (3×9×20) 通りが可能になります。たとえば車の選択でいうと、何馬力のエンジンを選択するかがベイシック・コントロール・ユニットで、これは必須の選択肢です。オプションはナビゲーター・ドライブレコーダーなどで任意の選択肢になります。
 また、モジュール間の接合部はルール化され、機器のねじ止めやケーブルのコネクタで行われ、すべてドライバとスパナで組み立てることができ、保守作業や機能追加が非常に容易に行えて、インターフェースが標準化されています。


図3:要求仕様分析からモジュールの組合せ対応|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図3:要求仕様分析からモジュールの組合せ対応


 このNC装置をモジュール化するために、ファナックはまず、さまざまな工作機械で要求される仕様を詳細に分析しました。その結果に基づいて機能別のモジュールを設計・量産し、それらを在庫として確保しておき、顧客の注文に応じてモジュールを組み合わせることで多様な要望に対応していったのです。まさにモジュラーデザインの設計思想をモジュールNCが実現しました。このモジュール化は、各種の論理素子や記憶素子などハードウェア回路を組み合わせて必要な機能を実現することから、ハードワイヤード・モジュールと呼ばれることもあります。



3.モジュールNCへのヒントはIBM社の「System/360」

 コンピュータの世界でモジュール化を初めて採用したのは、1964年に米IBM社が開発した汎用コンピュータ「System/360」と言われています。System/360は、製品ファミリーというコンセプトを実現したことで大成功を収め、IBM社は、1967年頃に米国市場シェアの70%を占めるに至っていました。

図4.IBM汎用コンピュータ「System/360」|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図4:IBM汎用コンピュータ「System/360」

 ほぼ同時期に、ファナックはNC装置にモジュールNCを採用しました。ファナックがこれほど早い時期にモジュール化を構想できたのは、IBMの汎用コンピュータ開発事例と顧客志向とコスト削減を両立させようとする設計者の努力にあったようです。当時、同社がNC装置事業における赤字の主な原因を調べたところ、特注品はすべて赤字だったようです。営業部門は売り上げを増やすために特注品でも受注してくるのですが、特注品は標準品よりもコストが掛かります。
 一般に、顧客の多様な要望に応えるには特注品が有効ですが、コストを下げるには標準品の割合を増やさなければなりません。この相反する条件を両立させる方法として、ファナックはモジュールNCにたどり着きました。標準化されたモジュールを大量に生産することで、規模の経済を働かせると同時に、それらを組み合わせることによって顧客の多様な要望に応えることができたのです。まさに、理想的なマスカスタマイゼーションです。

4.モジュール化へのポイント

 モジュール化を考えるには、製品のアーキテクチャ(設計思想)を決定することが重要になってきます。アーキテクチャとは、システムをどう分けて、分けたものをどうインターフェースでつなぐかを決めることです。みなさんの日常生活で欠かせないパソコンは、“モニター”“ディスプレイ”“キーボード”“マザーボード”を、顧客ニーズに応じてユニット・部品を組み合わせる、このモジュール化の考え方をうまく活用した例でしょう。これを実現するには、あらかじめモジュール化されたユニット・部品を用意しておき、それらを自由に組み合わせることができるインターフェースの規則、すなわちデザインルールを決めることが必要です。ファナックがモジュールNCという新市場を生み出し、そこで先行者利益を享受できた要因は、良いデザインルールを作り、モジュール化を実現した点にもあります。
 このモジュール化実現にあたり、あらゆる製品構成は機能と構造の2つの側面でとらえることができます。2つの側面とは製品のアーキテクチャが、全体の機能を実現するためにどのような機能要素から構成されているかの機能的アプローチと、それがどのような部品等の構造要素から実現されているかの構造的アプローチです。そしてこれらの関係は、機能と構造が“1対1”か“多対多”に分けることができます。

図5:機能と構造の関係|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図5:機能と構造の関係


 図5は“1対1”と“多対多”の機能と構造の関係を表しています。“1対1”とは、ノートパソコンの表示機能のディスプレイのように、本体から分離しても製品機能を果たす構造になっていて独立性の高い構造になっていることです。“1対1”のモジュール化を進めていくためには、機能と構造の関係を見える化することが必要で、この手段として※DSM (Design Structure Matrix)の考え方が有効になります。これに対し“多対多”は、あるユニットを本体から切り離した場合、単独では機能せず、いくつかの構成要素を組み合わせて機能するものです。世の中の製品のほとんどがこのタイプにあたるのではないでしょうか。
 したがって、モジュール化するポイントは、
 ・機能と構造の関係の高い独立性:1対1
 ・構造同志のつなぎ方のインターフェースのルール化:デザインルールの決定 になります。
※ DSMについては「実践モジュラーデザイン」P.200を参照のこと


5.モジュール化領域の拡大

 それでは、機能と構造の関係を“1対1”に近づけることができた後に考慮すべきことは何でしょうか。図6はある製品ラインアップにおけるMD前とMD後の、製品体系のイメージ図です。まず、MD前の製品ラインアップにおいて、顧客仕様に対する各ユニット・部品構成の固定・変動分析を行い、現状の固定領域、準固定領域と変動領域を明確にすることが重要です。
 固定領域とは、現在すでにユニットや部品が固定化されている領域をいいます。モジュール化では、機能と構造の関係を分析し、ユニット・部品について機能集約化・共通化・統一化を適用しながら、固定領域を拡大していきます。
 準固定領域とは、完全に固定化できないがモジュール数などの適用で一定の基準をもとに設計することをいいます。製品仕様においては、レンジを決定する際にモジュール数を適用することや、部品形状においては、断面形状は統一しているが長手方向は、仕様に応じたモジュール数を適用するということです。変動領域とは、固定・準固定以外の顧客仕様に対し個別対応にて設計する領域のため、独立したオプション等で対応することが有効になります。
 多くの設計業務において、シリーズ化された製品ラインアップはあるものの、ついつい個別の顧客仕様に対し過去と同じような仕様を探し、変更部分のみ設計しユニット・部品の種類が増え、設計工数を増やしてしまう悪循環に陥ってしまいます。
 ファナックの “特注品はすべて赤字だった”の経験から、将来発生する顧客仕様をいかに予想し、特注品から標準品の領域(固定・準固定領域)を拡大していくことが重要になります。これは、製品構造の標準化が進み品質の安定化、生産する製造側にとっては、標準領域が拡大するため1ロットが増加し、生産効率を向上させる非常に大切な要素になります。

図6:特注品領域を標準化領域へ|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図6:特注品領域を標準化領域へ


 モジュラーデザインのコンサルティングを行っていく中で、多くの企業が個別受注型製品に近い形で設計業務を行っています。過去の受注仕様データがあるにも関わらず、深く分析をせず、現状の部品の集約化・共通化でモジュール化を進め失敗している例があります。このような失敗をしないために、過去の製品仕様の実績データを解析し、まずは機能と構造の関係の高い1対1の独立性、構造同志のつなぎ方のインターフェースのルール化からはじめ、製品構成の固定部分と準固定部分、またオプション対応可能か、ユーザーが何を望んでいるかを整理することが必要です。さらに、競合他社の動向を見つつ、将来の製品の仕様の方向性を見極め、常に「着眼大局」の精神で全体を包含した製品システムを構築していくことがモジュラーデザインにとって大切です。
 ファナックがモジュールNCという新市場を生み出し、そこで先行者利益を享受できた要因は、良いデザインルールを作り、モジュール化を実現した点にあります。今後、日本の企業は、優れた擦り合わせ能力をモジュール化におけるデザインルールの作成に生かすことで、日本独自の競争力をつけていくことが重要です。研究会の活動がこれらの一助になれば幸いです。

参考文献

  1. 「やさしいNC読本」 稲葉清右衛門 日本能率協会マネジメントセンター
  2. 「ファナックとインテルの戦略」 柴田友厚 光文社



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