モジュラーデザインを進める仕組みづくり -バランスト・スコアカード-
2023/11/29
モジュラーデザインとは製品のアーキテクチャーをモジュラー型にすることにより、多様な製品を少ない部品や製造設備で市場要求にタイムリーに提供するというエンジニアリングプロセス全体を称すると定義します。この考え方は、一品受注製造の企業から企画大量製造の企業まで、モジュラー化の対象範囲によって適用可能な設計思想と言えます。 これまで複数年にわたって実施してきたアンケートや、実践企業様からのヒアリングにより、モジュラーデザインを実施する上で全社での推進テーマとして取り組みにくいという意見が多く見られます。
- ・設計部門のテーマにとどまっている
- ・営業や調達との連携が十分ではない
- ・経営層を巻き込みたいが、結果の想定を要求される
- ・モジュラー化された製品が当たり前になると、それ以上の進展が生まれない
- ・実践が継続しない
経営層、管理層、実務層間の意思疎通や各層内のメンバーの意思疎通が十分でないと多くの経営革新プロジェクトは「やった感」のみがのこり、結果が出ないことが多く見られます。MDアカデミーでは「組織能力活用」機能の一つに「プロジェクト推進力」を挙げております。PMI(Project Management Institute)のPMBOKは具体的な推進手法ですが、全社的な推進マネジメントの仕組みとしてはバランスト・スコア・カード(BSC)を活用することを考えています。
今回のコラムではこのバランスト・スコアカード(BSC)の概要をご紹介します。
1.BSCの目的と歴史
BSC(Balanced Score Card)は、1992年にロバート・キャプラン教授とコンサルティング会社のデビット・ノートン氏によってHarvard Business Review紙上で発表されました。その背景には、伝統的な経営管理システムや分析手法が次第に機能しなくなってきたという事実があります。企業を取り巻く環境や前提条件がより複雑で厳しくなり、将来が過去の延長線上になく、予測が難しくなってきたのです。加えて企業に対する評価は財務データだけでなく非財務データも重要視されるようになりました。この将来予測が難しい時代に、「戦略の実行」を確実に実現するツールとして、BSCは提示されました。キャプラン・ノートンによると。「バランスト・スコアカードは、多くのマネジメント・システムに存在する空白、すなわち戦略を実行し、結果をフィードバックするという、体系的なプロセスの欠如を埋めることができる。さらに、企業が整合性を保ち長期戦略の実行に集中できるようにマネジメント・プロセスを構築できる。これを正しく利用すれば、情報化時代の企業経営にとって不可欠なマネジメントシステムとなる。」と言っております。(図2)
2.BSCの4つの視点と因果関係
BSCの大きな特徴は、従来は財務指標で表されることが多かった戦略目標と業績評価に対し、戦略目標を4つの視点でとらえ、多面的な業績評価指標に落とし込んで評価することです。(表1)
戦略目標実現のために重要なことは、各視点における項目(スコア)間の因果関係を明確にすることです。(表2) 垂直的因果関係は、企業全体のビジョンと戦略に沿って戦略目標が決定され、それを成し遂げるための重要成功要件は何かを選び出し、現場の組織または個人レベルでの業績評価指標として具体化します。この指標にターゲット(数値目標)を設定したうえで、目標達成のためのアクションプランを考え、活動を明確化して実践します。 水平的相互関係は、各視点間の戦略目標、重要成功要因、業績評価指標、ターゲット、アクションプランが、相互に水平的な因果関係を確保することです。
3.BSCの戦略マップとスコアカード
実施に当たっては、まず戦略マップを作成します。これを作成するには経営トップの意向を受けてプロジェクトチームが素案を作成し、経営層や各部門の管理層との協議を通じて相互に合意を取り付けることが必要です。我が国の企業は部門間の交流が少ないうえに、各部門で別々の管理手法を採用しているケースが多く、BSCを採用するにはトップの強いリーダーシップとプロジェクト推進チームの論理的思考力やコミュニケーション力が求められます。 モジュラーデザインを企業戦略プロジェクトとして実施する場合の戦略マップの例を示します。(図3)
戦略マップを作成するには、まず企業としての目標を明確にし、そのために①財務の視点で必要な項目を提示します。以下②顧客の視点、③内部プロセスの視点、④学習と成長の視点で水平的相互関係を確認しながら戦略目標を列挙します。 次にバランスト・スコアカードに戦略目標を記入し、その目標を実現する、重要成功要因、業績評価指標、数値目標、アクションプランの垂直的因果関係を確認しながら展開します。例を示します。(図4)
バランスト・スコアカードを作成するには社内の多くの関係者との協議や摺り合わせが必要です。我が国が得意な摺り合わせ文化がここで活かされると思いますが、「総論賛成・各論反対」の声が出ることが多いかと思います。最終的には全員で合意するプロセスを経て決定します。プロジェクトの推進中であっても、経済状況や市場の動向が変化すれば、随時見直すことが必要です。
4.BSCをベースにプロジェクト活動を計画
バランスト・スコアカードのアクションプランがプロジェクトの実施項目になります。アクションプランを実施する上で必要な知識の有無を確認し、実施手順を戦略マップの水平的相互関係を参考にしながら決定します。そのうえで図1のアカデミーの知識体系に自社の実践項目を落とし込み、活動計画を作成します。
バランスト・スコアカードは一見すると、何の変哲もない「表」ですが、作成することで、以下の3つの効果が期待できます。
1:経営戦略の明確化
企業の経営戦略を財務、顧客、業務プロセス、学習と成長の4つの視点に立ってバランスするとともに、ビジョンや戦略そのものに明確な輪郭をあたえることができます。
2:従業員のベクトルの統一
企業のビジョンや戦略の実現までの道筋を明らかにし、実現可能な目標に翻訳することで、経営者だけでなくその企業に属するすべての従業員が、進むべき方向性を一致させて進捗を確認しながら、実行できるようになります。
又、実現までの道筋を「戦略目標」⇒「重要成功要因」⇒「業績評価指標」と因果関係を検討しながら、ブレークダウンすることで、勘や経験に頼る経営からの脱局が図れます。
3:業務プロセスや従業員の意識改革の促進
社員一人一人に自分がどのように活動すれば企業の経営戦略の実現につながるのかが論理的に分かりやすくなり、アクションプランで具体的に行動目標が示されることから、業務プロセスの見直しや従業員のモチベーションアップが促進されます。
もちろんバランスト・スコアカードの導入にはいくつか「落とし穴」が高亀により指摘されております。
1.BSCへの曖昧な理解
2.経営トップの不十分なコミットメント
3.曖昧なビジョン及び全社戦略
4.他経営システムとの不整合性
5.現場からの激しい抵抗
6.部門長の甘い目標設定
7.高いプロジェクト管理能力を有する従業員の不足
等を挙げておられます。そしてその根底に合理的精神ではなく根性主義があることや、企業内の主導権争いといった人間的な感情論があることを指摘しております。
従って、バランスト・スコアカードを用いてモジュラー化プロジェクトを推進するには、上記の「落とし穴」に注意しながら、主体となるチームの論理的思考力とコミュニケーション力が重要成功要因であることは間違いないと思います。
研究会では、会員企業の皆様にご協力をいただき、製品アーキテクチャーのモジュラー化プロジェクトを推進するバランスト・スコアカードを研究していきたいと考えております。多様なビジネス形態の企業様の参加を募りたいと考えておりますので、ご協力お願いいたします。
参考
- ・バランスト・スコアカード(BSC)はどのようにして生まれてきたか 高橋 淑郎 商学集志第90巻第1号
- ・専門家コラム「戦略立案から具体的行動へ 今なお進化するBSCの使い方」
- ・バランススコアカードとは?BSCの4つの視点や作成のポイント
- ・中小企業の製造業におけるバランス・スコアカードを用いた分析 小林 功治
- ・日本企業がBSCを導入する際の問題点の分析とKSFの提案 高亀 雅彦 株式会社ミツエ―リンクス
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