プロジェクトの成功は計画作りから
2024/2/29
モジュラープロジェクトに限らずプロジェクトを成功に導くためには計画が大切であるという事は皆さんご存知のことなのですが、残念ながらこれがなかなか行われていないのが実態ではないでしょうか。私たちが研究しているモジュラーデザインプロジェクトでも成功している事例と、なかなかうまく進まないというお声の間には計画作りの部分での乖離が見受けられます。
このコラムでは改めてモジュラーデザインを実施するための計画作りについて述べてみたいと思います。
文化の違い
まず、「とりあえず」文化について言及してみましょう。日本の居酒屋さんなどの席で「お飲み物は?」と聞かれると「とりあえず、ビール」というお答えも多いですね。これが欧州などのレストランへ行くと少し様子が違います。席に着くと文字だけのメニューと飲み物リストが渡されます。レストランのお客は店員に対して「今日のお勧めは何?」と聞き、次に文字だけのメニューを見て、今日の料理はどのような味かという事を想像して、これに会いそうなワインもしくはビール(ビールも種類多い)を探します。即ちレストランでの料理を食べる際にも「プラン」を想定しているようなのです。このような文化の中で育った人種では、何を行うにせよ事前に想像・想定の上でプランを考えて、このプランを納得した上で行動を起こすということが「あたりまえ」のように行われているのではないかと思われます。
さて、日本の企業ではどのような文化の中で業務を行っているでしょうか。「とりあえず試作を作ってみる」とか、「とりあえず出図して不具合があったら設変で手直し」というプロセスでモノ作りが行われていないでしょうか。時にはこれが「アジャイル」という時代の言葉に置き換われて良い方向のプロセスと勘違いされていることもあるようです。一方で、欧米などでは、とりあえず試作ではなく、調査や構想を持って試作へもっていくという文化でのモノづくりが多いと聞いていますし、筆者は実際にそれを体感しています。スピード感や、現場の裁量での決定という観点では、欧米のやり方が絶対良いとは言い切れないところもあります。ただ、プロジェクトという組織的に何か物事を遂行するという観点では、計画に基づいた遂行の方がステークホルダーの多くの合意を取れるという点では優れているのではないでしょうか。
計画の重要性
ここでは一般的な製品開発プロセス:PDP(Product Development Process)の観点から計画についてみてみましょう。業種業態によって様々なタイプの製品開発プロセスがありますが、このプロセスの最初はやはり計画から始まっています。即ち、新製品のアーキテクチャというものをはっきりさせるためには、構想(計画)フェーズにおいて、まずミッションと概念設計という事が行われ、これを分解すると様々なワークに分解できると言われています。ここに標準的なPDPにおける構想フェーズを紹介します。(図1)
この表において、事業戦略、顧客のニーズから続くセグメント、競合、技術、規制などについてはミッションを明確にするためのアイテムであり、事業製品計画、プラットフォーム計画、サプライヤー計画、アーキテクチャは概念設計を表現しています。残りのコンセプト、目標、スコープと計画は実行のための計画となります。このように一般的な製品開発においても構想(計画)は非常に大切なフェーズと位置付けられています。ですので、モジュラー開発においても計画というものは非常に重要なフェーズなのです。ですが、標準化作業から流れてくるモジュラープロジェクトは時として、この構想(計画)がないままにスタートしてしまっていて、プロジェクトの目標感が見えにくくなっているケースがあるのではないでしょうか。またモジュラープロジェクトが成功裏に終わったとしても、当初の計画が甘いと出来上がった製品ラインアップが市場のニーズに合っていなかったり、競合他社は別の方向性を出してさらに市場をリードしてしまったりしてはいないでしょうか。
計画の基本ステップ
プロジェクトにおいて計画が重要なフェーズであるということを理解していただいた上で、次に、モジュラープロジェクト計画についてどうゆう観点ですすめればよいのかについて述べていきましょう。まず、計画作りの基本ステップは、「知る:調査、分析」、「イメージ作り:構想」、「実現化:実施計画」だと思います。これをもう少し掘り下げてみましょう。
Step1「知る:調査、分析」
モジュラープロジェクトをやってみようというきっかけは何でしょうか?
・顧客から価格をもっと下げてくれ、納期をもっと短くしてくれという要求があり何とかしようと思っている。
・顧客の仕様要求に対して毎回設計を行っているので業務が煩雑で処理量を増やせられない。
等いろいろあると思いますが、今までの経験をまとめてみると、「企業(事業)が崖っぷちで何とかしないと存続すら危ない」という危機感の中で取り組まれている傾向が強いと思います。言い換えると、危機感という背景があると理由もしっかりしているので取り組みに力が入っている、という言い方もできるかもしれません。
さて、理由はさておいて、調査分析フェーズではどのような調査を行うのでしょうか。
①状況調査
状況調査はまさに企業(事業)がどのような位置付け(成績)にあるのかをしっかりまとめることです。
②市場の状況
市場の伸び、傾向、顧客のニーズについて設計関係の方はしっかり把握できているでしょうか。ここは専門であり最前線におられるマーケティング、営業の方々にゆだねるほうが良いかと思います。彼らは常に市場の動向に対して敏感に調査をしているはずです。ここで得られるアウトプットは;
・現在の市場情報(サイズ、シェア、地域別動向)
・将来の市場動向(仕様の変化(電動化など)地域別動向、価格、大型小型など)
③業界動向調査
業界でのシェアについては企業(事業)では常に動向をとらえているのでわかっているかと思いますが、競合他社との違いや顧客の要望について社内で共通の認識があるでしょうか?逆にこれがないままに開発を行って市場要求に合っていない製品を生んでいないでしょうか。ここで得られるアウトプットは;
・競合他社のリスト
・競合他社と自社の差異(コスト、納期、製品性能、仕様の柔軟さ)
モジュラーコンサルティングをグローバルで展開しているModular Management社の資料によると、これをモジュラー戦略三軸に沿って三軸の座標で示すようにして、プロジェクトのメンバーが現在の立ち位置と将来どのようになりたいかについて、プロジェクト内で同意して次に進めるようにしているようです。(現状と将来についての合意形成)
図2は、モジュラー戦略を「コスト競争力」「付加価値」「顧客対応力」の三軸を、座標で表しています。プロジェクトのメンバーが現在の立ち位置 と将来どのようになりたいかについて、プロジェクト内で現状と将来について同意して次に進めることを示しています。 研究会では、競合他社との違いを整理するための製品ベンチマークデータベースについて、「1対1ベンチマーク」と「共通化ベンチマーク」の2つのツールを推奨しています。
(実践 エンジニアリング・チェーン・マネジメント P.46~P.50 参照のこと) また、製品ベンチマークとは「一流を学んで一流になる」ことを目的とし、他社製品の構造や製造方法を調査することと定義しています。
事業パフォーマンス分析調査
モジュラー化に取り組もうとされている企業の多くが抱えている課題は事業成績が伸び悩んでいることではないでしょうか。各社(事業)のどこにモジュラー化のチャンスがあるかを知ることは重要なポイントですし、これによって同業種でもモジュラーの着目点が変化することがわかります。一番わかりやすいのは、企業の中期経営計画の中で、どうありたいのか、どうなりたいのか、が明らかになっていれば、これがモジュラー化の計画の大きな指針となるわけです。
次の図は経産省が調査し報告を行っている資料ですが、製造業における平均経常利益は6%であり、平均販管費は15%となっています。(図3)
ここで着目したいのは販管費です。受注生産型の企業では受注時の営業、エンジニアリングなどの営業に関わるコストが多くかかっているようです。また在庫販売型の企業では売れ筋から外れた製品が在庫コストとなって販管費の一部となっていることもあるようです。販管費は固定費がいかにかかっているかなのです。この固定費の内訳が解ってくればモジュラープロジェクトの方向性も見えてくるはずです。
次にもっと具体的な事業パフォーマンスの分析からモジュラー化の可能性を探る事例を見てみましょう。
図4はある上場企業の決算報告書からモジュラー化実施の効果を推測したものです。
この企業では決算報告書上では3.9%の経常利益率となっていますが、過去に行われたモジュラー化の効果を各決算項目に当てはめると、経常利益が11.3%に改善される可能性があることを示しています。 以前のコラムでも紹介しましたが、モジュラー化の魅力は「少ない部品で多くの顧客ニーズに応える」ですが、この少ない部品化、所謂モジュラー化でどのような間接費が減るかについて推測することができます。(図5)
この図で紹介されているように部品種類数が減ることによって多くの間接費が減ることがわかっています。即ちこれが経常利益を押し下げている固定費の削減なのです。
調査によってある程度の効果の目の付け所はわかってくると思いますが、もう少しこの効果を明らかにするためには、モジュラー化する前の現状でムダがどれくらいあるかについて知ることが必要です。構想へもっていく前にもう少し効果の精度を上げておきたいのです。このためには次の二つの調査が必要です。
④製品(部品)の被りの調査
MM社ではAssortment Analysisと呼んでいる調査があります。この調査は現在の製品もしくは部品(サービス部品レベルくらいが良い)のラインアップを並べて、近しい、もしくは同じ部品がどれくらいあるかを調査します。これによって部品種類がどれくらい減らせそうかがわかってきます。
⑤間接費の調査
MM社ではValue Map Analysisと呼ばれる調査を行っています。ここでは間接業務に関わる方々に対して、業務が部品のために行われているのか、生産活動のための業務なのか、などに業務時間を振り分けることで、部品種類数がへることによってどれくらい間接業務が減るかがわかることになります。これらの調査が明らかになれば、部品種類数が減ることによってどれくらい企業(事業)のパフォーマンスが改善されるかが、ある程度明らかになるはずです。
Step2「イメージ作り:構想」
モジュラー化によってどれくらい事業パフォーマンスが良くなるかが明らかになれば次にモジュラープロジェクトの構想策定に移ることができます。即ち、調査分析から、
- 1)どの事業目標達成のために(目標)
- 2)どこに着目すればどれくらいの効果がある(目論見)
- 3)そのためにどのようなモジュラープロジェクトを実施するか(スコープ)
- 4)モジュラープロジェクトにかかる投資と効果のバランス(ROI)
- 5)プロジェクト評価のためのKPI(KPI)(図6)
上記のような構想を立てることができれば、計画は論理だてられており、プロジェクトは実施に向けて大きく前進するはずです。(5)のプロジェクト評価のためのKPIの例として、受注生産型の製造業がモジュラープロジェクト推進のために掲げたKPI例を紹介します。この例の企業では、モジュラー化によって製品・モジュールの被りをなくし、コンフィグ8のようなものを使って、受注の80%は標準モジュールの組み合わせだけで図面の作成が必要としないことをKPIとして掲げてプロジェクトを推進しようとしています。
この構想時点で重要なことは可能な限りトップダウンの体制で進めることです。
事業目標を達成するために実施するわけですから事業全体の方々がかかわるべきです。(図7)
Step3「実現化:実施計画」
モジュラー化は事業方針、製品ラインアップ、技術開発方針、コストダウン方針、モジュール開発設計、製造検討など、製造販売するまでには長い道のりを要するはずです。Modular Management社では、一つの例として、次の図のようにモジュラープロジェクトの道のりを示しています。(図8)
このような時系列の計画を立てて進めることは重要な事柄であることは周知のことですが、マーケティング部門、営業部門、生産部門と全社で検討しておかないと、このような企業を俯瞰する計画は立てられないと思います。
通常モジュラープロジェクトでは、各部門からメンバーをアサインしてモジュラー専門のチームを形成して進めています。このように、計画とは時系列の計画だけを言うのではなく、リソース計画やファイナンス面での収益性の計画も必要です。
モジュラーで成功していると言われている大手自動車メーカでは、モジュラーアーキテクチャのみを運営する部署を設けてすべての情報をここに集めて各製品を管理するような仕組みを確立しています。
今回はモジュラープロジェクトの計画の重要性と具体的な調査分析、さらにはこれに基づく構想と計画について簡単に述べてみました。ぜひ、モジュラープロジェクトを実施しようと考えておられる企業(事業)においてはこのような計画をしっかり立てたうえで進められることを強くお勧めします。
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