エンジニアリング・チェーン・マネージメント(ECM)をシステムズエンジニアリングで実践する
2024/5/31
-製品設計開発プロセスを企業活動の体系として把握する-
モジュラーデザインを実践するには、大きく以下のような活動があります。
- ・経営戦略を明確にして製品戦略を立てる
- ・製品(群)のアーキテクチャーをモジュラー型に変更する
- ・製品の設計開発プロセスにモジュラーデザインの考え方を取り入れる
経営戦略の立て方については前回のコラムでお話しました。今回は製品の設計開発プロセスについて考えてみます。 研究会の教科書である「実践エンジニアリング・チェーン・マネジメント IoTで設計開発革新」で日野氏は「この10年ほど、MDを世に普及させる活動をしてきたが、その過程でわかったことは、世の中は設計の方法の変革もさることながら、本当に必要なことは『設計開発プロセスの変革』であることだった。」と述べています。そして、「日本企業が設計開発プロセス革新/ECM化に取り組めない理由は、経営陣が『設計開発プロセスがよくわからない』の一言に尽きる。その結果経営者は、製造現場改善や事業構造転換に精を出し、バリューチェーンの源流であるECMの事業プロセス改革/革新に着手しない。」と述べています。
1.バリューチェーンにけるECMの重要性
企業のバリューチェーンを、大きくエンジニアリング・チェーン・マネージメント(ECM)とサプライチェーン・マネジメント(SCM)で示します。(図1) ここでバリューチェーンとは、製品の開発から製造、販売、労務管理など、製品にまつわるすべての活動を価値の連鎖として考え、どの活動が価値を生み出しているかを分析して事業戦略を探る手法です。この中の活動としてECMとSCMがあります。SCMが企業活動の利益を生み出す活動ですが、そのもとになるのがECMで発行される製品図や工程図です。従ってECMが「売れるモノを、造りやすいように図面化し、タイミングよく発行する」ことで、開発費が低減し、SCMも最大に機能してコストを最小化し、売り上げを最大化することで、利益を最大化することが可能になります。
ECMを適切に構築することが重要な大きな理由は、製品の品質やコストの80%が企画・設計段階で決まり、後工程になるほど、仕様変更の可能性が残されていないことにあります。(図2)従って設計開発プロセスの効率化/ECMのシステム化を進めることが品質を向上しコストを低減して企業の利益率を向上する原点になります。
2.ECMの実践とシステムズエンジニアリング
ECMを実現するために企業が行うことは主に以下の6つです。
- a.経営方針や目標の共有とエンジニアリング・チェーン構築の方針を検討
- b.エンジニアリング・チェーン工程や体制を可視化
- c.各工程のI/P/Oを標準化し、可視化することで共有する
- d.各工程のデジタル化とデジタル化のための環境整備
- e.デジタル化に対応するための人材教育
- f.運用を継続する仕組みの構築
実現に向けて進めるにあたっては、以下のような課題が出てきます。
- ・情報の伝達がうまくいかない
- ・情報共有と作業工程管理が連動しない
- ・成果物の管理が難しい
一方で、このような課題の解決に向けて90年代に欧米で進められてきた設計開発プロセスのシステム化に取り入れられたのが、ソフトウェアの開発手法として普及してきた「システムズエンジニアリング:Vモデル」です。(図3)
システムズエンジニアリング(SE)は大規模なコンピュターシステムや、航空・宇宙システムのように、要求の変化に応じた後戻りが困難だったり、途中で変更が入ると費用が膨大に増えたりするようなシステムの開発で、システムの目的が正確に後戻りなく実現できる開発の体系を目指して考えられてきました。多くの設計要件をフロントローディングするプロセスと、プロセス間の設計展開を定義し(Verification)、展開されたプロセスが本来の目的を満たすことを確認する(Validation)ことを連携するようになっています。設計開発プロセスの流れと、それを補完するプロセス全体の体系になっています。 VモデルによるSEを実践することは、エンジニアリング・チェーンの工程と展開される情報を標準化し可視化することです。それによって、エンジニアリング・チェーンをデジタル化してマネージメントが可能になるのです。エンジニアリング・チェーンの工程と展開される情報を標準化する規程がSEの体系に含まれていますので、ここからは、その体系を概観します。
3.システムライフサイクルのプロセス
システムズエンジニアリング(SE)はシステムの企画段階から運用・廃棄に到るまでのライフサイクルを通じて、全ての技術分野の成果を一つのシステムへとインテグレートする技術です。大きく3つのはたらきがあります。
- ・ユーザーが欲しいものを明確にしてくれる
- ・エンジニアに成果物をつくる手順を示してくれる
- ・コストと納期と品質のバランスを取ってくれる
ではSEが規定するプロセスを確認します。(図4)
システムライフサイクルプロセスは大きく4つのプロセスに分かれています。
- ・テクニカルプロセス
モデルだけではなくシステム要件を定義するためのインプットとなる「ビジネス/ミッション分析」
や「利害関係者要求定義」、また「運用」、「保守」、「廃棄」も含まれます。 - ・合意プロセス
製品またはサービスの取得-提供に関する合意を確定するための活動 - ・組織のプロジェクト推進プロセス
プロジェクト計画を確立し,進捗を追跡し,目標の達成までコントロールする活動 - ・テクニカルマネジメントプロセス
合意を確実に満たすための組織の能力を管理し,プロジェクト遂行に必要な資源
および基盤を提供する活動があります。
4.ECMを実践するプロセス
テクニカルプロセスを概観し、その中でECMを実践する核となる主要なプロセスを見ていきます。(図5)
- 6.4.1 ビジネス又はミッション分析プロセス
商品戦略・マーケティング戦略に応じて、製品のコンセプトを決めていく過程。
企業戦略から商品戦略を作り出し、ビジネスの要求を明確にする。 - 6.4.2 利害関係者ニーズ及び利害関係者要求事項定義プロセス
ステークホルダーの意見や問題を集めて整理する。ステークホルダーの声を要求として整理する。 - 6.4.3 システム要求事項定義プロセス
システム要求をステークホルダーの要求と同期さえ、システムの仕様の定義と、妥当性の検証方法
を確認します。さらにシステム要求から論理アーキテクチャーに展開するプロセスを確認します。 - 6.4.4 アーキテクチャー定義プロセス
論理アーキテクチャーに対して、物理的な実装手段を決める段階のなかで
物理的なアーキテクチャーの上流を定義します。 - 6.4.5 設計定義プロセス
物理的なアーキテクチャーを構成要素に分解し、構成要素の技術分野を割り当て
設計仕様書を作成する。
これらのプロセスの中で、要求情報をどのように分析して
設計情報へと展開していくかを概観します。(表1)
以上がシステムズエンジニアリングにおけるECMの概要です。大きくは情報の取得、処理の考え方、次のステップへの展開、更にはその作業の妥当性の評価方法がセットになっています。それによって、ECMの妥当性が常に保たれていると考えます。システムズエンジニアリングとして体系化された定義をもとにECMを構築することにより、抜けや漏れの無い体系を全員で共有することが可能になります。
今回は一部のプロセスを説明しましたが、SEの規定を取り入れることによって企業のバリューチェーンを標準化し、可視化することがデジタル化を促進し、DXの実現につながると考えています。
参考
- 実践エンジニアリングチェーンマネジメント 日野 三十四 日刊工業新聞社
- エンジニアリングチェーンマネジメントとは|特徴とサプライチェーンとの違い
- 開発者のためのシステムズエンジニアリング導入の薦め IPA 2017年
- システムズエンジニアリング概説 IPA 2020年
- システムズエンジニアリングとは
- システムズエンジニアリングにおいて重要なライフサイクル
- ISO/IEC 15288:2015 テクニカルプロセス解説 システムビューロ 2015/8/26
- システムズエンジニアリングに基づく製品開発の実践的アプローチ 後町智子 他 日刊工業新聞社
- エンジニアリング・チェーンとは?製造業でよくある課題と改善ポイント
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