レジリエンス性を高めるモジュラー化製品
2025/2/28
1995年の阪神淡路大震災、2011年の東北大震災、2024年の能登半島における大地震と大雨災害など天変地異災害、ウクライナや中東に代表される紛争や戦争、政治的、宗教的、民族的対立に伴う経済紛争、さらには、地球環境の維持に対する意識からくる省エネルギー、CO2などの環境負荷物質制限など、製品を企画し開発製造販売を行う企業にとっては、製品に対するデマンド変化が多くなっています。また、環境に対する配慮から地球規模での自動車のEV化ということが進められてきましたが、2024年においてはこのEV化傾向が踊り場にあったと言われています。企業の多くは自動車のEV化に伴う業態の変化を求められこれに対応しましたが、このようなビジネス環境の変化によって投資や事業計画の変更が余儀なくされています。 今回はこのような環境の中でいち早く復旧するためのデマンド対応、市場の急激な変化に迅速に対応などという、レジリエンスに対応するために必要なモジュラー化について考察したいと思います。
レジリエンスとは
レジリエンス(Resilience)とは、困難な状況や逆境に直面した際に、それを乗り越えたり、適応したりする力や能力を指しています。この概念は心理学、ビジネス、工学、環境科学など、さまざまな分野で使われており、それぞれの文脈で少し異なる意味を持つことがありますが、今回は主にビジネスと工学的観点からのレジリエンス性について考えてみたいと思います
レジリエンス性を示す特性
- 1. 適応能力(adaptability)
- 2. 回復力(resilience)
- 3. 持続可能性(sustainability)
次に、レジリエンスを高めたことによる具体的な効果について、以下にいくつかの例を示します。今回はビジネス領域の中でも製造業における成功例を通じて、レジリエンスの重要性を理解することができます。
◆レジリエンス性を高めたことによる具体的な効果
1. ビジネス領域の例: サプライチェーンの強化
ケース:スタディ
課題: 災害で部品メーカーが被災し部品供給が滞る、世界的な半導体不足が自動車製造業を直撃するなどで、生産ラインが停止する危機に直面。
対策: サプライチェーンの多様化を図り、複数の供給元を確保。
部品を標準化・モジュール化して、代替品への切り替えを容易に。
① USでは500km以上離れたサプライヤーを使うことを推奨している企業も
② 東北震災では、代替部品はあるが、耐久部品であるが故に新たに時間のかかる
耐久テストを必要とされたため3か月待たねばならなかったという事例もあり
デジタルツールを導入してリアルタイムで供給状況をモニタリング。
効果: 災害や、半導体不足にもかかわらず、安定した生産を継続。競合他社が納品遅延に苦しむ中、納期を守り顧客信頼を獲得。
2. 製品設計の例: モジュラー構造の活用
ケーススタディ
課題: 消費者ニーズの変化が激しく、新製品開発が追いつかない。
対策:
モジュラー製品構造を採用し、製品のアップグレードやカスタマイズを容易に。
部品共通化により在庫管理を簡素化。
データ分析に基づく迅速な製品改善。
効果: 新しい市場ニーズに迅速に対応可能となり、開発コストと時間を削減。結果として市場シェアが拡大。
課題: 地球規模での環境対策の急務への対応
対策:
モジュラー製品構造を採用し、動力源(電気、ガス、エンジン)に対して柔軟に対応。
部品種類数の最適化で予測される対応に対して柔軟に対応できる在庫調整
コア部品はたくさん在庫をもって、カスタマイズ部品は少ない在庫で対応
◆レジリエンス性を高める方法についての考察
今回のテーマである、部品構成のモジュラー化を通じてレジリエンス性を高める考え方は、変化に柔軟に対応できるシステムを構築するための重要な戦略です。以下にその考察を示します。
1. モジュラー化がもたらすレジリエンス性の向上
モジュラー設計は、製品やシステムを相互に交換可能な部品(モジュール)で構成するアプローチです。この方法がレジリエンス性の向上に貢献する理由を以下に挙げます。
1.1. 柔軟性の向上
迅速な対応: モジュールの交換が可能なため、故障時や需要変化時に特定のモジュールだけを変更することで迅速に対応できます。
カスタマイズの容易化: 顧客のニーズに応じてモジュールを選択的に組み合わせることで、個別化された製品を効率的に提供可能です。
1.2. サプライチェーンのリスク軽減
代替部品の利用: モジュラー設計により、異なる供給元からの部品を柔軟に使用できるため、供給障害のリスクが軽減されます。
在庫管理の効率化: 共通モジュールを複数の製品ラインで利用することで、在庫を削減しながら安定供給を実現します。
1.3. コスト効率の向上
修理・交換コストの削減: 故障したモジュールだけを交換できるため、全体のコストを抑えつつ製品寿命を延ばすことができます。
生産コストの最適化: モジュール単位での生産が可能なため、規模の経済を活用できます。
2. モジュラー化と外部環境への対応
現代のビジネス環境では、変化の速度が速く、リスクも多様化しています。モジュラー化は、これらの変化に迅速に適応し、競争力を維持する手段として有効です。
2.1. 技術革新への迅速な適応
新しい技術が登場した場合、既存のシステム全体を変更するのではなく、該当するモジュールを交換またはアップグレードするだけで対応可能です。
2.2. 規制や市場変化への柔軟性
規制の変更や市場のニーズに合わせた迅速な仕様変更が可能です。例えば、環境規制に対応するために特定のモジュール(エネルギー効率部品など)を追加できます。
3. モジュラー化の課題と限界
モジュラー化によるレジリエンス性向上には多くのメリットがありますが、いくつかの課題も考慮する必要があります。
3.1. 初期投資と設計の複雑性
モジュール間のインターフェース設計や標準化には、初期段階での投資やリソースが必要です。
3.2. モジュール間の相互依存性
モジュール間の相互依存性が高まると、特定のモジュールの不具合が全体のパフォーマンスに影響を及ぼすリスクがあります。
3.3. 過剰なカスタマイズのリスク
顧客ニーズに合わせてモジュールを追加しすぎると、設計が複雑化し、管理が難しくなる場合があります。
4. 実践における考察と事例
4.1. 自動車業界
自動車メーカーは、車両の電装系やエンジン部品をモジュラー化することで、新モデル開発やカスタマイズ対応を効率化しています。このアプローチにより、製品の多様化とコスト削減を同時に達成しています。
100年に一度といわれるEV化という産業革命に対しては、駆動源となるバッテリー製造が組み立て型産業ではなく石油化学のようなプロセス産業となるため従来の生産管理や在庫の考えでは対応できないと予測されたため、生産管理や工程、在庫手法の見直しを行い、来るべきEV社会に備えようとしています。
さらには、EV車に対する先進各国の補助金施策に対して市場が敏感に反応しているため、地域ごとに敏感に市場に反応できるような製品ラインアップとモジュール準備が行われています。
4.2. IT業界
IT機器のハードウェアは、モジュラー化によってアップグレードや修理が容易になっています。たとえば、サーバーシステムのストレージやプロセッサをモジュール単位で交換することで、運用停止時間を最小限に抑えています。
5. 結論
モジュラー化は、変化の激しい現代のビジネス環境において、レジリエンス性を高める強力なツールといえると思われます。柔軟性、コスト効率、サプライチェーンの安定性といった多くのメリットを提供しつつ、課題に対応するための設計や管理が必要です。適切な戦略のもとにモジュラー化を推進すれば、企業は長期的な競争優位性を確保できるはずです。
◆レジリエンス性を持った製品を構成するモジュールの製品特性について
モジュラー化を通じてレジリエンス性を高めるためには、製品設計や構造において特定の特性を持つことが重要です。以下はその製品特性の一覧と、それぞれの特性がレジリエンス性に与える影響について説明します。
製品特性 |
内容 |
効果 |
標準化 |
モジュールのインターフェースや仕様を標準化し、互換性を確保する設計 |
部品交換が容易で、サプライチェーンのリスクを分散。複数の供給元から調達が可能に。 |
再利用性 |
モジュールや部品を異なる製品や用途で再利用できる設計。 |
製品ライン全体で部品共通化を促進し、在庫管理を効率化。迅速な新製品開発が可能。 |
柔軟性 |
構造や配置を変更して異なる用途や仕様に対応できる設計。 |
多様なニーズに対応し、カスタマイズやアップグレードが容易。市場変化に迅速に適応可能。 |
拡張性 |
モジュールを追加・削除して機能や性能を調整可能にする設計。 |
必要に応じて機能拡張が可能で、新市場への展開が容易。製品ライフサイクルの延長に寄与。 |
互換性 |
異なる製品やシリーズ間で同じモジュールを使用できる設計。 |
部品交換や修理が迅速に行え、ダウンタイムを短縮。製造・在庫コストを削減。 |
組立やすさ |
モジュールを簡単に組み立て・分解できるように設計。 |
メンテナンスやリサイクルが効率化され、運用コストを削減。生産性を向上。 |
信頼性 |
各モジュールが高い耐久性と安定性を持つこと。 |
システム全体の安定性が向上し、故障リスクを最小限に。運用中断を防止。 |
モジュール独立性 |
各モジュールが独立して機能し、他のモジュールに最小限の影響で動作する設計。 |
故障や変更が他部分に波及しにくく、リスクを局所化。個別モジュールのアップグレードが容易。(例:Modular Management社が提唱するモジュールの独立性を量産効果、競争力、カスタマイズ性の三象限で表現) |
持続可能性 |
リサイクル可能または環境負荷が少ない素材で構成されていること。 |
環境規制への対応とサステナビリティ目標達成。環境配慮がブランド価値を向上。 |
コスト効率 |
モジュール設計が大量生産や効率的な製造プロセスに適していること。 |
経済的な生産が可能となり、競争力を維持。低コストでの市場投入が可能。 |
これらはモジュール定義の際に、過去や現在の市場から来る要求とは別に製品提供側が事前に配慮することが重要なこととなってくるはずです。これも標準化と異なるモジュラー化の特徴といえると思います。
以下は、電動モータの従来の製品特性に加え、レジリエンス性を高めるために必要な特性を組み合わせた表です。
カテゴリ |
製品特性 |
内容 |
効果 |
従来製品特性 |
効率性 (Efficiency) |
高いエネルギー変換効率を確保し、電力損失を最小限に抑える。 |
電力消費を削減し、運用コストを低減。 |
耐久性 |
高温、振動、湿気などの厳しい環境条件に耐える設計。 |
長寿命を実現し、メンテナンスコストを削減。 |
|
静音性 |
動作音を最小化し、快適な使用環境を提供。 |
騒音規制に対応し、使用者の満足度を向上。 |
|
コンパクト性 |
小型化・軽量化により設置や輸送が容易な設計。 |
設置スペースの削減やポータビリティの向上。 |
|
コスト効率 |
製造や運用にかかるコストを抑える設計。 |
競争力の維持と市場への迅速な製品投入。 |
|
レジリエンスを高める特性 |
防塵・防水性能 |
製品としての防塵・防水性能を明確化 |
屋外設置や食品・医療など産業毎の適応状況が明確化、顧客の要望を満たせる構成を容易に提示可能 |
駆動方式
|
コンセプト毎の精密制御やエネルギー効率向上など |
規制の変化に対する対応や、新規市場開拓における既存の再利用性を高める(例:EU Eco-design、米国DOE) |
|
防爆ゾーン適応性 |
防爆環境などの危険な環境での対応準備 |
規制の変化に対する対応や、危険な環境における要求にたいして対応を容易化 |
|
各種部位の材質 |
部位の材質を明確化し、食品・医療産業向けの対応や、環境負荷物質を明確に |
規制の変化に対する対応や、食品・医療産業向け安全規格や欧州環境規制への適応が容易に |
|
各種部位のコーティング仕様 |
コーティング仕様状況を明確化 |
腐食環境や化学プラントなど仕向け先環境への適応を容易に |
◆レジリエンス性を持ったモジュールの活用について
レジリエンス性を持ったモジュールの活用方法を以下の観点から考察します。これらの活用方法は、企業が変化する市場や環境のリスクに迅速かつ効果的に対応するために重要です。
1. 柔軟な製品設計
活用方法:
カスタマイズ対応: モジュール単位で機能やデザインを調整することで、顧客ごとの要求に迅速に対応可能。たとえば、家電製品では、地域や規制ごとに異なる電圧や周波数に対応した電源モジュールを交換可能にする。
製品ライン拡張: 同じ基本設計に異なるモジュールを組み合わせることで、多様な製品バリエーションを短期間で開発。
効果:開発コストの削減、製品リリースのスピード向上、顧客満足度の向上。
2. サプライチェーンの安定化
活用方法:
標準化された部品: 共通モジュールを複数製品で使用することで、在庫管理を効率化し、部品調達のリスクを軽減。ここでは従来の軽薄短小という設計思想とは反する方向での考察が必要となります。即ち「大は小を兼ねる」という考え方で直接材料費は高くなるが、共通化によるコスト小、リスク対応による被害小をどこまで考慮するかになります。
代替サプライヤー対応: 供給停止リスクに備え、互換性のあるモジュールを複数のサプライヤーから調達可能にする。
効果:調達コストの削減、供給リスクの軽減、ダウンタイムの最小化。
3. メンテナンス性の向上
活用方法:
モジュール交換型修理: 不具合が発生した際、問題のあるモジュールのみを交換することで迅速な修理が可能。
アップグレードの容易さ: 新しい技術や機能を追加したモジュールを後から取り付けることで、製品寿命を延長。
効果:修理コストの削減、顧客ロイヤルティの向上、製品のライフサイクル延長。
4. 生産プロセスの効率化
活用方法:
モジュールごとの並列生産: 異なるモジュールを別々の工場やラインで並行して生産し、最終段階で組み立てる、またはコアモジュールをメインラインで生産し、できるだけ工法でカストマイズ要件の部品を取り付けるデカップリングポイントの後方検討。
柔軟な生産変更: 市場や需要変動に応じて、特定のモジュールの生産量を調整。
効果:生産効率の向上、リードタイムの短縮、過剰在庫の削減。
5. 持続可能性の向上
活用方法:
リサイクル可能な設計: モジュールを分解し、再利用可能な素材を回収。
サステナビリティへの対応: 製品全体を買い替えるのではなく、モジュール単位で交換やリサイクルする仕組みを構築。
効果:環境負荷の低減、ブランド価値の向上、規制対応の強化。
6. リスク管理とレジリエンス向上
活用方法:
災害時の迅速対応: 予備モジュールを備蓄し、災害や供給停止時に迅速に交換対応。
市場変動への対応: 需要変動に応じて特定モジュールの生産や供給を柔軟に調整。
効果:事業継続性の確保、リスク対応能力の強化、競争優位性の確立。
具体例
自動車業界: モジュラー化されたエンジンやバッテリーにおいて、地域規制や昨今話題となっている行き過ぎたEV化に対するブレーキなどの市場ニーズに応じた車両仕様を変更可能にする。
エレクトロニクス業界: ノートPCのストレージやメモリを交換可能にし、性能アップや修理対応を簡易化。テクノロジーの進化に対応するように、数年後に渡るテクノロジーの進化予測を織り込んだ製品と部品戦略。逆にシャシーなどはできるだけ長く多く使うことで調達能力を向上させる。
住宅設備: モジュラー化された空調システムや給湯設備で、省エネ性能や機能を後付けで強化。
本ブログを通じて、レジリエンス性を持つモジュールは、企業にとって「柔軟性」と「安定性」を両立する鍵となる事、さらにこれを活用することで、変化の激しい市場環境でも競争力を維持しながら、効率的かつ持続可能な運営が可能になることを皆様と周知できることを期待しております。
■参考
モジュール性はレジリエントなサプライチェーンをどのようにサポートしますか? (Modular Management)
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