DX(Digital Transformation)の基盤はモジュラーデザイン
2020/9/30
2019年11月のコラム「製品イノベーションはモジュラーデザインから生まれる」で製品イノベーションにモジュラーデザインが必要なことをお話ししました。その中で、モジュラーデザインの根幹である「製品モデル」がイノベーションを生み出す原点になると説明しました。今回はDX推進にはモジュラーデザインが基盤になることを考えてみたいと思います。
1.DXとはどのようなことか
Industry4.0の進展に伴ってIoT(モノのインターネット)活用やCPS(サイバーフィジカルシステム)などのデジタル技術の進展により製造業でもDXが注目を集めています。2004年にスェーデンのウオメ大学教授エリック・ストルターマン教授によって提唱された、「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という概念からDXが意識されるようになりました。日本では経済産業省が2018年に「DXを推進するためのガイドライン」を発表したことを契機に広がりはじめました。ガイドラインの中でDXの定義を「企業がビジネス環境の急激な変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」としています。つまり、DXとは従来のフィジカルでハードウェアを中心としたビジネスプロセスを、デジタル技術によるデータを中心としたビジネスプロセスに変換し、ニーズの多様化や激しい変化に素早く対応する企業体質になることで、生き残りをかけることだと言えます。そのためには私たちの仕事に対する意識の変革も必要になります。2.DX推進に必要な事は何か
DXは企業がITを活用することで、ビジネスを活性化し急激な社会変化に対応していく、生き残り戦略です。DXを成功に導くには、企業の情報資産を有機的に接続し、環境変化に対して企業の経験知を使って素早くビジネスプロセスを変更することが求められます。これまでのビジネスプロセスとの違いと推進ポイントを表1に示します。
上述のガイドラインを発表する前に経済産業省が発表した
「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」
には、現在多くの企業が抱える課題がDX推進の足かせとなり、これらの課題が克服されないと、我が国では「2025年以降毎年12兆円(現在の3倍)の経済損失が生まれる可能性がある(2025年の崖)」と説明されています。DXを推進する上での2つの課題を、同レポートでは
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1:既存システムの課題
事業部門ごとに構築されており、過剰にカスタマイズされているうえに
ロジックがブラックボックスのため、データ活用や業務自体の見直しが行き詰っている - 2:現場の抵抗
複雑化したシステムをこなしながら、多忙な中でもがいている現場サイドは
あらたなことに取り組む余裕が無く、見直すことには抵抗が大きい。
という事を上げています。しかし、このような課題に対応しながら、「DXを本格的に展開するため、DXの基盤となる、変化に追従できるITシステムとすべく、既存システムの刷新が必要」であるとしています。
これらの課題が生まれてきた理由は、我が国のIT化の進め方の問題があります。一つはシステム開発の要件定義が曖昧なことによります。製造業のIT化は、企業の担当者がITベンダーに仕様を伝えて開発してもらいます。この時の仕様の多くは現状の仕事の仕方をITシステムに置き換えようとすることが多く、システム化できなかったプロセスとの無駄な作業が増えることが見受けられます。このような状況を防ぐには、企業の担当者がITシステムに対する知識や十分な経験を持つか、ITベンダーが企業のビジネスプロセスに深い知見を持つことが必要です。もう一つの大きな問題は、部門単位でシステム化する事が多く、部門間での情報の授受は従来通りの紙ベースや、そのための別作業が必要になるといったことがあります。システム化本来の意義が満たされていない上に、無駄な作業や情報伝達の不備や遅れが発生します。このような問題を生み出さないために、「DXの基盤となる、変化に追従できるITシステム」構築に必要なことは
- 1:全社のシステム間のデータ連携がルール化され、見える化していること
- 2:お客様要求から設計・製造・アフターサービスまでの情報の展開が
その根拠と合わせて見える化していること - 3:全社の経験知が常に反映される仕組みであること
- 4:システム化により、ルーチンワークから解放され創造的な仕事に従事できること
- 5:システム化による目標効果が検証できる仕組みがあること
3.ものづくりのバリューチェーンを考える
ものづくりは「どのように作るか」の流れとしてのSCM:Supply Chain Managementと「何を作るのか」のECM: Engineering Chain Managementに分けて考えることができます。(図1)
つまりECMで造られたデータがSCMでハードウェアとして具現化していきます。また、ECMでどのように製品情報や生産技術情報を作るかが、ものづくりの品質やコストを決めると言えるのです。今年の「ものづくり白書」ではようやくそのことに言及しています。(図2)
さらに白書では、「デジタル化の進展に伴い、競争力の源泉はエンジニアリング・チェーンの上流にシフト」しており、エンジニアリング・チェーンの上流を厚くすることで設計力を強化し、設計から生産までのリードタイムを短縮。こうしたフロントローディングにより企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)を強化」すべきと謳っています。フロントローディングを推し進めることにより、少ない工数で手戻りを削減し、リードタイムを短縮できます。モジュラーデザインはフロントローディングを論理的に推進する方法論です。
フロントローディングが進んでいくと、データがデジタル化され、データの展開プロセスが明確になったITシステムの構築が不可欠となります。(図3)
フロントローディングを推進するためには、CAE(Computer Aided Engineering)、即ちコンピュータによる製品のふるまいのシミュレーション技術はもちろん重要ですが、最も重要なことは、製品を成立させる情報が生成されるプロセスと根拠を明示的に整備することです。すなわち、ECMからSCMへと流れる情報の生成過程をシミュレーションできる論理的なプロセスを全社で構築し、維持管理していく仕組みを作ることです。
4.DX推進を支えるモジュラーデザイン
DXの根幹はECMからSCMへの情報の生成過程をシミュレーションできるプロセスの確立ですが、そのプロセスを確立するもう一つの大きな動機は、収益性の向上です。「企業変革力(ダイナミック・ケイパビリティ)を強化」するには、経営リソースを集中的に投下する必要があります。そのためには大幅な収益力の向上が不可欠です。DXを推進する目的として製品のモジュール化とそれによるマスカスタマイゼーションの推進を置くことにより、単なるデジタル化を超えた活動になります。 ガイドラインでのDXの定義を実施する要点を整理し、実現する具体的な施策をモジュラーデザインの手法との関連で整理して表2に示します。DX推進はグローバルな競争が求められる現代においては、企業規模にかかわらず避けて通ることができません。しかし、具体的にどこから手をつけて良いかは、多くの経営者が考えあぐねているのが現状かと思われます。製造業でも、デジタル技術そのものが競争力の基盤になりつつある中で、ITシステムの刷新方向と、製品及び製品開発プロセスの革新を同時に実現できる手法がモジュラーデザインによるECMプロセスの革新だと言えます。
我が国の労働生産性は先進国で常に最下位です。その根底にあるのは、変革を嫌う保守的な気質にあると思います。その結果、長時間労働や低賃金が続き、社会全体が疲弊してきております。ECM/MD研究会では皆様のご支援を通して製造業の競争力向上をご支援したいと考えております。
参考
- ・DXレポート~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~ 経済産業省 2018年9月
- ・デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン
(DX推進ガイドライン)Ver1.0 経済産業省 2018年12月 - ・2020年版ものづくり白書 経済産業省
- ・エンジニアリング・チェーン・マネジメント IoTで設計開発革新 日野三十四 日刊工業新聞
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