モジュラーデザインの構造 -目的と手法の役割

2022/09/30

Ⅰ. モジュラーデザインの実践上の困難さ

 毎年実施している研究会活動へのアンケートではモジュラーデザインの手法について皆さんのご意見をいただいております。「実践モジュラーデザイン改定版」ではモジュール化活動として10個の活動手法をあげておりますが、このうちの7個についてその理解や困難と感じている内容をお伺いしております。その項目は

  1.  1.製品モデル確立
  2.  2.モジュール数およびその使い方確立
  3.  3.目標設定、実行計画策定
  4.  4.製品ミックス確立
  5.  5.MDベースの設計・製造連携VE
  6.  6.設計のモジュール化
  7.  7.MD効果のキャッシュフロー化

です。2020年-2022年の3年間にアンケートに回答いただいた製造業43社、52名(複数年回答の方は最新年を採用)の結果を他の項目との関連で表に示します。

表1:MDの取組とわかりにくい手法|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

表1:MDの取組とわかりにくい手法



表2:手法とわかりにくい理由|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

表2:手法とわかりにくい理由


2つの表からモジュラーデザインの手法に対する傾向が見えてきます。
モジュラーデザインの取組みと手法については(表1)

  • ・実施中の企業では「MD効果のキャッシュフロー化」の理解を求めている
  • ・計画しているか検討中の企業では「製品ミックス確立」や「「設計のモジュール化」が多い
  • ・取り組み方を模索している企業では「目標設定・実行計画策定」や「設計のモジュール化」が多い
  • ・研究中の企業は「製品ミックス確立」や「設計のモジュール化が多い」
モジュラーデザインの手法のわかりにくさとその理由については(表2)
  • ・わかりにくい手法は「製品ミックス確立」と「設計のモジュール化」が多い
  • ・わかりにくい理由は「実施方法」と「効果」が大きく、その次が「考え方」が多い
当然のことですが、全ての手法について目的や考え方がわかり、実施方法やモジュラーデザイン全体での関連性が理解できて、効果と具体例があれば実践が容易になることは理解できます。一方で、アンケートの回答には、「自社の固有な状況に応じた事例が欲しい」という声もあります。 個別の企業に応じた解説や指導はコンサルティングをお願いすることになるかと思います。しかし、より多くの企業の皆様がモジュラーデザインの目的と手法の役割と手法間の関係に対して共通の認識をもつことが、自社の固有な状況への適用に対しても有効であると考えております。モジュラーデザインが製造業のエンジニアリングチェーンを構築する基礎理論として定着することを目的として、手法とその関連性を順次説明したいと思います。

Ⅱ.モジュラーデザインの目的と構造

 モジュラーデザインを採用することは、企業としてのビジネス戦略です。従って、一部門や一製品で実践することではないと考えます。しかし、多くの企業ではクローズした範囲での実践にとどまっています。小さく実践して、結果が出たら全社へ展開するとおっしゃる企業が多いのですが、小さく実践しても結果が出にくいし、短期間で結果をだすことは困難です。まずは、モジュラーデザインは何を目的としており、そのために何が必要かを理解していただきたいと思います。図1にモジュラーデザインの構造を示します。

図1:モジュラーデザインの目的と構造|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図1:モジュラーデザインの目的と構造


1.モジュラーデザインの目的と手段

 企業競争力の源泉は、良い製品を安く早く市場やお客様に提供し続けることであるのは言うまでもありません。売り上げを増やしながら製品のQCDを改善し、設備投資を抑制して企業の損益分岐点を下げることにより、収益力を高めることが企業経営の目的です。加えて環境や省資源への貢献が求められています。  このような目的を実現するには、製品種類を多様化して市場ニーズに最大限応えながら、部品を少数化・共通化するマスカスタマイゼーションという考え方があります。部品を少数化・共通化し、その組み合わせの整合性を事前に確認することでQCDを改善し、生産設備投資を抑制しながら、製品を多様化するという二律背反を実現する設計手法としてモジュラーデザインが生まれてきました。これは設計のモジュール化と呼ばれ、製品設計プロセスすなわちエンジニアリングチェーンを変革することにより実現しようとする考え方です。


2.二律背反を克服するビジネス戦略

 大量生産によるコスト削減と、個別受注による顧客満足度の向上という背反する事象を実現するのがマスカスタマイゼーション戦略です。マスカスタマイゼーションを実現するための手法との関連については、以前のコラムを参照していただければ、ご理解いただけると思います。

マスカスタマイゼーションを可能にすると同時に、ビジネスプロセスを変換することが必要です。製造業のビジネスプロセスは、受注生産で3種類の形態があり、これに加えて見込み生産があります。グローバル化による市場の拡大とコスト競争力の要求に応えるには、受注組立生産(ATO/CTO:Assemble to Order/Configure to Order)と言われるビジネス形態によって、無限ともいえる要求仕様を、比較的少数のモジュール部品から組み立てるか、予め設計された部品から選択する形態が求められています。(表3)

表3:ビジネス形態とその特性|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

表3:ビジネス形態とその特性


  ATO/CTOによって標準化と生産工程の平準化を実現することが競争力を強化する経営戦略になります。 そのようなビジネス形態は製品設計プロセスそのものを見直し、製品のアーキテクチャーをモジュラー型に変換することが必要です。それによって、部品の少数化・共通化を製品群に適用することが求められます。そのためには製品群を一括企画・一括設計することが必然となります。ここまでが図1の目的・手段・戦略の関係です。それでは、個々の目的と手段とモジュラーデザインの手法がどのように関係しており、そのために手法が何をどうすることで、目的の実現にその役割をはたしているかを、概観してみたいと思います。


Ⅲ.モジュラーデザインの目的・手段・戦略と手法の関係

モジュラーデザインの目的は企業経営での収益力や競争力の向上にあり、そのためには製品をマスカスタマイゼーション可能なアーキテクチャーにして、ビジネス形態をATO/CTOへと転換する戦略が必要なことが理解できたと思います。ではその実践において、モジュラーデザインの手法がどのような関係にあるかを考えてみたいと思います。


1.「売上増」を支える手法とその関係

「売上増」の目的に対する手段・戦略とそれを実現する手法の関係を図2で示します。

図2:売上増の手段・戦略と手法の関係|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図2:売上増の手段・戦略と手法の関係


 「売上増」を実現するためには、市場要求にタイムリーに製品を提供でき、競合他社に比べて品質と価格で優位であることが必要条件です。 手法の中で特に重要だと考えるのは、「製品モデル」の「市場要求」と「製品仕様構成」と「製品システム構成」です。製品モデルの構成を図3に示します。

図3:製品モデル|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図3:製品モデル


 表3で示したATO/CTOを実現するためには、市場要求に対して個別設計をしていては実現できません。そこで、重要になるのが、市場要求を蓄積し分析して市場要求の体系と将来動向の想定が必要になります。その要求値の範囲を想定することにより、製品仕様構成の性能値の範囲が想定できることになります。市場要求の分析により、その要求の頻度や要求値の将来傾向などを予測しておくことが必要です。さらには、それらの要求値に応えうる技術や方式・機構等の将来動向を抑えておくことが求められます。図4に自動車用ラジエータ(デンソー社資料)の技術トレンド分析の検討資料を示します。製品に要求される放熱量の傾向を分析し、他社との比較や、方式の変化と将来目標値を分析しています。このように予め求められる要求性能値を設定して、製品仕様を事前に設定し製品を設計します。
 得られた分析に基づき、製品仕様を多様化しながら、部品点数を削減した結果を図5に示します。ここでは説明しませんが、この事例では生産工程の革新を含めた製品そのものの革新がなされております。製品革新の的を絞るという意味でも市場要求の分析と技術動向の把握は重要です。
 経営目標である「売上増」に対して「製品モデル」の「市場要求」、「製品仕様構成」や「製品システム構成」の体系化とそれらの展開関係をベースにモジュール化を推進して製品の多様化が得られる関連を概観しました。ここで重要なことは「市場要求項目」と「製品仕様項目」さらに「製品システム項目」の関連です。どのような要求の変化に対してどの仕様で応え、それがどの方式、機構で実現しているのかの関連が重要です。多くの企業ではこの関係が設計者や営業の個々の暗黙知になっていることが多く見られます。この関連を形式知化し標準化しておくことが重要です。その関係を記述したものが設計手順書になり、何故そうなのかを記述したものが設計根拠になります。「設計モジュール化」で設計手順書を作成する目的がここにあります。

図4:技術革新トレンド分析|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図4:技術革新トレンド分析


図5:モジュール化された部品と製品種類数|エンジニアリングチェーンマネジメント/モジュラーデザイン研究会[ECM/MDI・PLM]

図5:モジュール化された部品と製品種類数


 図2に示したモジュラーデザインの目的と構造をもとに、「売上増」と「製品モデル」の項目の関連を説明しました。実際には、他の項目も関連していますが、今回は市場要求をもとにどのような製品仕様構成を準備し、製品を革新して一括企画・一括設計するかを説明しました。今後ほかの関係についても順次説明していきたいと思います。

参考文献


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